みかべぶろぐ

2020年2月生まれの双子を育てています

ドラマ40までにしたい10のことを観て5キロ痩せた話

今年の夏は人生で一番楽しい夏でした。

そして人生を狂わされました。

 

風間俊介くんがそのジャンルに挑戦するなら見てみるか…という軽い気持ちでこの底なしの沼に落ちた人はわたし以外にもたくさんいることでしょう。

テレビ東京系ドラマ「40までにしたい10のこと」

蓋を開けてみればめちゃくちゃハマってしまい、YouTubeで期間限定公開されていた第1話は誇張無しで毎日見て過ごしました。2話目を見終わったタイミングで電子書籍で原作を購入。暇さえあれば1〜3話と最新話をTVerで見る生活。家族がいない時間はレコーダーに予約した過去回をループ。

このドラマで完全に初めましてだった庄司浩平さんの沼にまんまとハマり、仮面ライダーガヴをAmazonプライムで3日間で見終えたのが8月頭。ひとりで往復1時間自転車漕いで特撮夏映画を観に行ったのが8月末。9月にU-NEXTでその他過去作品を片っ端から見漁り、先日ついにファンクラブにも手を出してしまいました。

 

この時点で既に人生大激変なのですが、「40までにしたい10のこと」というドラマ作品からマインドまで変えられたのでその話をしたいと思います。

 

あらすじとしては、39歳の枯れた上司・ 十条雀が3ヶ月後に控えた誕生日を前に作成した「40までにしたい10のこと」というバケットリストを、29歳の眉目秀麗の部下・田中慶司に見られる。慶司の提案により一緒に叶えていくことになったことで、代わり映えしなかった雀の日常が変わっていく…というお話。

タコパ、八景島シーパラダイスに行く、カフェですごいカスタマイズをする、といった等身大のやりたいことを2人で叶えていくうちにメンタリティも、慶司への気持ちも変化していくというお話のなかで、まーーーきゅんきゅんしてたんですがその話は今はやめておきます。

 

わたしが感化されたのはメンタリティの変化でした。

特に4話と5話。

第4話「カフェですごいカスタマイズをする」、若者だったり女性だったらおそらく何の躊躇いもなくできるであろうことが、アラフォー男性である雀にはとても高いハードル。ホイップ増量を頼むことはおろか、フラッペを注文することさえ恥ずかしい。

また、自分に好意があると取れる行動をとってくる慶司のもとに、慶司の過去を知る年齢の近い人物が現れて、彼にはおっさんである自分より相応しい相手がいるのでは?という疑心暗鬼に陥る。という話でした。

第4話を通してのメッセージは「年齢に関係なく人は成長できる」「出来ないことがあれば誰かと挑戦すれば良い」というものだったと思います。

 

第5話「服の趣味を変える」、これは全12話通して一番お気に入りの回なんですが…割愛。雀は服屋の店員がついて回る圧が苦手、一瞥ののちスルーされるのもいたたまれない。そして着飾る理由もないので服を買う熱を失っている。全部気持ちが分かってしまう37歳主婦…。

スーツ以外何を着ていいか分からず、第3話で出かけた際に着ていった服を「休日のパパ」と一蹴されており、また色々言われるのを恐れて週末にスーツで買い物に行く。慶司の姉(双子)が営むアパレルショップに一緒に連れ立って行きながら、慶司は外に出させて姉2人と服を選び始める、といった話。なぜ慶司を追い出してひとりで店員と対峙し服選びをしようと思ったのか?がこの話の最重要ポイント。

 

これがね、39歳の物語を見てる37歳に爆刺さり。

37歳主婦、夫と子どもに囲まれて満たされた日常に一石を投じられた気分でした。第4話の台詞に「俺だって変われるんだ!」というものがありまして、「あれ…わたしも変われたりする…?歳近いよ…?」となったのが7月の終わり。第5話での雀の姿勢に感銘を受けたのはその翌週の8月頭。

時同じくして、庄司浩平さんの沼にこのままハマるかハマらざるか…と一応抵抗していたわたしは、この4〜5話を見て

「この人を推して、そしてこの人に恥ずかしくない人になろう」

というマインドになりました。完全に5話の雀の境地。

 

…と、年齢や立場を言い訳に挑戦から逃げるのはやめよう、というマインドができた8月頭。ドラマが楽しい&楽しみで、この当時は毎日勝手に顔がニヤニヤしていたので、まずは仕事中の表情管理から意識するように。スマイルを0円で提供するお仕事をしているので、仕事中は常に笑顔を絶やさないことを改めて意識。元々してなかったけど当然仕事中に凭れないとか、立ち姿勢も意識。

そして迎えた8月半ば、庄司浩平さんの2nd写真集発売&お渡し会開催の報せが。

この時のわたしの思考回路は

「推しに会えるかもしれない」→「こんなおばさんが行って大丈夫?」→「もう少し身綺麗にしておかなければ行けないって」→「え、じゃあ痩せなきゃ」

てな感じで単純すぎて笑えるんですが、ちょうど「わたしだって変わりたい」「推しに恥ずかしくない自分になりたい」というモチベーションとガッチリ噛み合ったんですよね。

時はお盆休み、親戚一同が集まってご馳走に舌鼓を打ち、2日連続でケーキを食べてしまったものの、実家から戻ったらはじめるぞ、と決意したのでした。

 

めっちゃ長いねこの話。

先に結論を言いますと、8/17から本格的に始めたダイエット、ちょうど2ヶ月で約5キロ痩せました。

当時過去最高体重更新中だったし、落とすべきものはたくさんついてたとはいえ、自分でも驚いております。

行きたかった写真集お渡し会のその日までに6キロ減を目標設定しており、あと2週間で1.5キロで達成という段階です。※ちなみにお渡し会は当たりませんでした。

お渡し会は残念な結果でしたが、我々にはまだファンミーティングがある!ダイエットの灯は絶やさない!この結果は今週金曜に出るのですが、当落が出るその日まで、毎朝のウォーキングのコースを近所のお寺に変更して毎日手を合わせています(笑)

当落発表のあとのモチベ維持を不安視しているのですが、来春には双子の卒園式と入学式があるので、綺麗な母として出席するためもうちょっと気持ちを切らさず頑張る予定です。切れるなよ気持ち、マジで!

 

本当に素晴らしい作品に出会えたひと夏でした。痩せたことがウェストの余裕で明らかなので、自己肯定感がめちゃくちゃ上がっています。本当に人生狂わされた。

ビジュアルブック、シナリオブック、2期、劇場版…なんでもお待ちしております。

また彼らのドラマにはならない幸せな日常を覗き見させてもらえる日が来ますように!

その時に、恥ずかしくない自分でいられるように。ダイエットの継続頑張ります。

 

 

園最後の運動会を終えて

双子の3回目の運動会が終わりました。

結論から言うととても泣きました。

わたしの涙腺は圧力に弱いので、既定路線です。

年長になると鼓笛と組体操、跳び箱、マット運動、鉄棒とやることの難易度が上がります。

双子はどっちものんびり屋だし、親ものんびりしてるので特に体を動かす習い事もしていないし、運動の教え方がわからないので完全に園に一任しておりました。

今年の夏も暑かったため、熱中症警戒アラートが出ると園庭には出ないみたいなルールもあったようで、外で練習できたのは限られていたと聞いています。

 

わたしからすれば、年少で通い始めるまで発語もあやしかった次男と、年少も年中もダンスで棒立ち&園歌を歌うシーンでは一切口が動いていない長男を見ているので、こんな難しいことができるようになったのか…ってだけで涙腺は抵抗をおやめになり。

最初のヤマ場だった鼓笛を終えて役員のお仕事に戻ろうとテントに向かったら、クラスメイトのママが号泣してて、引っ込んだ涙がもう一回出ちゃったり。

年少の子たちの短いかけっこやふぞろいのダンスを見ながら、2年前は確かにあんなふうだった、あれがこうなったのか、と人んちの子に癒されつつあの日の双子を重ねたりして。

年中さんのバルーン演技を見て、去年の課題曲聴いたらまだ新鮮に泣けちゃうんだよなぁ、とか。

3回目でもかけっこが苦手で。長男はスピードは悪くないのに何その位置取り?大外ギリギリを攻めて人より長い距離走るのに笑い、次男は1位に半周差つけられてるのに誰よりもニッコニコで保護者が和んでるのも伝わったり。

 

中でも一番泣いてしまったのは、閉会式の整理体操を見本として台の上で務め上げた長男の姿。

こういうハレの舞台に選んでもらえるような性格や技量のある子でないのは親が一番わかっていた。だから聞かされたときは不安だった。もともとダンスや歌で棒立ちになる子だったのだ。真剣にやっていたとしても、何かズレたりハプニングがあったとき、大人ってその姿に笑っちゃったりするから。

役員として、当日の動きの確認をするリハーサルに出たので一度見せてもらえたけど、顔がひとつも笑ってなくて心配で。

 

真正面でカメラを構えて、夫と並んで見た。

最初ぎこちなかったけど、途中から表情が綻んで、確かに笑っていた。彼は楽しみながら大役をやりきった。

カメラ構えてる最中からもう視界は滲みまくりで、終わった瞬間ハンカチで目元押さえて後ろを見たのに、近くにいた担任の先生に

「今までで一番じょうずに出来てましたよ」

と声をかけられて、また泣いて、声をかけられたせいで保護者の視線がこっちにきてめちゃ恥ずかしかった。

頑張って引っ込めているのに、また役員の皆のそばに行くと、未就園の頃から知ってるママさんにかっこよかったよ、って褒められたり、なんでか別のママ友もちょっと潤んでいたりでまた泣いた。

 

3年分の成長がつぶさに分かる運動会でした。

2年前、お行儀がよくて声が大きくて、足が速くて組体操も鼓笛もキビキビこなす年長さんを見て、2年で人間がここまで変われることある??って震えた。

変わってたわ。うちの双子も、3年間一緒に過ごしたクラスの皆も、みーーーーんな成長しまくってた。

 

あと、個人的には役員やっててよかったなって思った。対人関係が大変下手くそなのは前回の投稿を見てほしいんですが、そんなわたしでも園生活を円滑に進めるためには人脈!っていう強かさもありまして。双子が2歳になる直前になんのゆかりもない土地に引っ越してきて、コロナ禍もありまぁまぁ孤独な2歳時代を過ごしていたので年少からすぐに役員立候補者したんですよね。役員特権で他の保護者立入禁止のところで撮影できたりとかうまみもあったし(笑)、何よりお互いの子どもの成長を笑って泣けるママ友ができたのが嬉しかったな。

※ちなみに前回の投稿で泣かしたママ友は3年間一緒に役員やってました。

 

これまでもそうだったけど、ここから全ての行事に「園生活最後の」がつく。なんならただの平日だって二度と戻ってこない。眩しくて戻れない瞬間…!(ん?ニチアサ?)

平凡な日常も、大きな行事も、一個一個大事にしながら見守らねばな、と思った一日でした。

相変わらず締めの文句に急ハンドル感。

足るを知る。

小学校の後半から、どの年代もなんとなく生きづらかった。

人と仲良くしたいのにうまくいかない。よく分からないけど笑われたり、人の目線に蔑みを感じていた。人並みにいじめられていた、のだろう、あれは。

中学なんて授業中以外にクラスにいるのが苦痛で、10分休憩を往復5分かかる保健室に行って過ごしていた。着いて、養護教諭と一言二言会話を交わしてすぐに教室へ戻る。別に友達がいなかったわけではない。思春期特有の頭の混乱やざわめき、厨二病もあったと思う。

兄に何かを咎められて、完全に自分が悪かったのにイライラして、深夜の入浴中に気持ちのやり場を失って実家の浴室のガラス戸を蹴破って血まみれになったこともあったね。翌朝縫いました。

 

自分が人見知りだとは思わず生きてきた。しかし、24歳頃、1度目の就職に失敗したあと拾い上げられた先で出会った2つ上の女性に、みかべさんは人見知りだね。と言われた。わたしはあの日人見知りのラベリングを受け、後天的人見知りになった。

人にラベリングされたからって??と思うだろう。わたしが一番思った。おそらく、人見知りか否かの線引きをしないまま生きてきて、初めて面と向かってそう言われて、わたしはそちら側になった。たぶん、ずっとあった対人関係の苦手意識が、このラベリングでストンと腑に落ちたんだと思う。ああ、わたしは人見知りだから―

 

人見知りだと自認してから、人見知り然と振る舞うようになったかもしれない。この人と仲良くしたいな、でもいいや人見知りだし。その話題乗っかりたいな、まぁいいか人見知りだし。

 

その頃に今の夫と出会った。彼は自他ともに認める人見知りだった。サッカー好きであるとか、互いの嗜好が重なるコミュニティでは饒舌だが、基本的には人と何を話せばいいか分からないから黙っているタイプだった。話題がないとだめな人だった。

その点わたしは、相手の嗜好にかかわらず、心を許した者には永遠に自分の話をする人間だった。そのへんがコミュ障なんだろう、わかっている。話題を振らない彼氏と、緊張しつつも話題をひねり出したら永遠にしゃべり続けるわたし。凸凹がかみ合ったのかもしれない。

 

 

今の自分は、過去の自分で一番好きな自分だ。

タイトルにもしたけど、わたしは足るを知ったんだと思う。

思春期からずっと、わたしは何かを渇望していたのだと思う。人の輪の中心にいる自分、ここではない何処かで花ひらく自分。自分も周りも見えていなかった。

結婚して、子どもができて、わたしは月並みに「落ち着いた」のかな。

10年一緒にいてくれる夫、わたしを求めてくれるかわいい双子。ずっと見守ってくれる両親と兄、こんな人間でも今でも仲良くしてくれる各年代の友達。

この歳になってようやく、友達なんかたくさんいなくたっていいじゃん、ずっと仲良くしてくれる今いる友達がいれば幸せじゃん。と気づいたのだ。

足るを、知る。

 

今のわたしは、最高に生きやすい。いや、そんなことも意識せずに生きている。

最近印象的だったエピソードをひとつ。職場にて、「今日は○○さんが機嫌悪かったから全体的に空気が悪くて嫌だったね」と同僚に言われても「○○さん機嫌悪かったの?空気悪かった?なんにも気づかなかった」と返すわたし。これが、結構今でも頻繁にある。

かつてのわたしは、みんなにどう思われているだろうかとか、あの人機嫌悪いのかな、とか気にするタイプだったと思う。今はそれを感じ取らなくなっているのだ。いや、さすがに何も考えてないわけではないけど(…きっと)。

最近それは何故なんだろうって考えたときに出た結論は「この人たちは一生一緒にいる人ではない」という意識だった。だから、別に嫌われても構わないし、自分でも気づくほど居づらくなったら辞めてしまえばいいんだ。今の仕事に固執する理由はない。

がっこうというコミュニティは、スマホのない時代の子どもにはすべてと言ってもいい。居住地、親の心配、経験の少ない小さな視野。その時苦痛だからと言って易易と逃げ出せるものではない。その世界で人とうまくいかないわたしは不適合者。と、思い込んでいるのだ。

 

今は守るべき大事な家族というコミュニティがあり、逐一連絡を取るわけでもないけど数年に1回、何ヶ月かに1回、それぞれのペースで会う友達がいる。

これ以上別に必要としていないんだ、大切なコミュニティなんて。そうやって、人の機嫌に鈍感になったと解釈している。

 

 

この前、ママ友5人で飲みに行った。わたしを含め4人は同じ幼稚園の同級生ママ、もう1人はわたしの職場の同僚。同僚も同い年の子がいて、よく公園にいるのでわたしと無関係なところで他のママ友と知り合い仲良くなっていた。

機嫌云々をわたしに語りかけるのも彼女だ。お酒の席でその話になり、バカ正直に

「だってここ(職場)にいる人って一生の友達じゃないじゃん?だからそんな心砕かんでも」

と話しちゃうのが、わたしの短所なんだろうな、と思いつつ、自分では長所だと疑っていない。

これを聞いてたママ友の一人が、ここ=飲みの席=私たちママ友と解釈したらしく、お酒も手伝って涙目になるハプニングがあった。彼女は「そんな淋しいこと言わないでよー一生の友達だよー」と言った。

この人は、自分とは全く違う人生を生きてきた人だな、と悟った。ただたまたま同じ幼稚園の同じクラスになっただけ、知り合って2年半の人間にそこまで言えちゃうのがただただ羨ましかったし、ああ、わたしこの人の一生の友達になれるのかもしれないんだ、と思ったら嬉しかった。

そう、かっこつけてるけど、不足がないからって、新しい友達が欲しくないわけじゃない。いつでも抜け出せるコミュニティであると予防線を張って、不必要に傷つくのを恐れているのだ。

彼女とはずっと友達でいたいけど、彼女の子どもとうちの双子は同い年で中学卒業まではずっと同じコミュニティ。その閉鎖的な空間で何が起きるか分からない。本人たちが仲良くなるかもしれないし、一切関係がなくなるかもしれない。喧嘩して傷つけあって気まずくなる未来だってきっとある。

 

だからわたしは今日も、時に鈍感に、時にいろいろ思いを巡らせてコミュニティでの立ち位置をはかっている。

足るを知る。これから先もいい未来が待ってるかもしれないけど、現時点だってめちゃくちゃ幸せなんだよね、と気づくことでとても生きやすくなった、37年でたどり着いた境地のお話。(何この締め方??)

双子とお出かけの記録〜碧南市

子育てをしていて気づくのは、三河方面の工業やらで潤沢なベッドタウンの公園や施設の充実ぶり。土地もお金もあるのを肌で感じます。

名古屋市内って、大きい公園もありますが都会ゆえに車で行こうとするとまぁまぁ渋滞してたり、公園の駐車場が有料だったり。

双子と一緒にいろいろ遊びに行きましたが、三河方面の公園で駐車場代を払った記憶はありません。

 

今回は双子と碧南に行ってきたのでぜひ読んでやってください。

 

碧南農業活性化センター あおいパーク

昨年見つけてから3回お世話になっている農業センター。地産地消の産直市場、温浴施設(いまは改修中)、レストラン、小規模なジム併設。何より嬉しいのが「もぎとり体験農園」。

にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、とうもろこしなど、季節の旬の野菜を自分の手で収穫しそのまま持ち帰れます。もぎとり体験という付加価値があるのに、近所のスーパーで買うより安い。ありえない。

普通にチャリで行ける距離に欲しい…。

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こちらは今年1月に行った時の。へきなん美人という碧南のブランド野菜の収穫をしました。確か4本で200円だった気がする。デカすぎィ!

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これは6月末のとうもろこしのもぎとり。1本100円。バグ?

昨年あおいパークの存在を知ったとき、とうもろこし爆食い次男のために週末行くぞ!と決めていたら週末を待たずに「なくなり次第終了」が来てしまい…。今年は始まるのをずっと監視しててなんとかありつけました!

ちなみにこの記事書くにあたって昨年の写真探してみたけど7月6日とかだったので下手したら今週末にはなくなっちゃうかも。めっちゃ食べるからもう1回ぐらい行きたいぞ!

ちなみに、ずっと監視してたというのは、公式ホームページで毎日翌日〜当日の収穫できる一覧表が出ているので、前日から何が採れるか把握できるのです。

昨年のことがあったので毎日ホームページ見に行ってなくなってないか監視してました(笑)

ちなみに体験をするための支払いは現金のみ、袋と軍手も売ってます。もちろん持ち込みOKです。キッズは長靴を持っていくと両親の気持ちが安定しそう(?)

衣浦港湾会館 レストラン美志ま

これまじ紹介していいの?って感じだけどわたし別になんの影響力もなかったわ(笑)

ということで、Googleマップを頼りにたまたま見つけたレストランだったけどこれが超良かった!!!f:id:mkb_62:20250702220034j:image

紹介しようという意思などなく息子可愛さに撮っただけなので写真がこれしかない!しかしこのボリュームで驚異の700円。ちなみにこれは焼きとんかつ定食(みそ)(みそorソースが選べる)漬物と小鉢とサラダと味噌汁ついて700円…?タイムスリップでもしたんか?

他にも刺身定食、どて煮定食、カニクリームコロッケ定食、本日の煮魚、本日の魚フライ定食などがありました。ちなみにその日の魚フライはふぐでした。 

わたしはカニクリームコロッケ、夫はサバの塩焼き定食。いずれも700円でした。写真などない。

大エビフライ定食(うろ覚え)だけ1300円ぐらいしたかな?それでも名古屋市内で食べたら倍しそう。

たぶん近いうちにあおいパークに行きそうなので、次回もここへ行くと思います。まじで最高…。

支払いは現金とPayPayのみでした。

 

ちなみにうちの爆食双子はこの大人でも腹パンになりそうな定食をそれぞれ1個ずつ注文して、残りはもらってやるかーと思ってたのにほぼ残りませんでした。恐ろしい子…。

jera park

インスタの愛知県子連れお出かけアカウントがこぞって紹介していたので今回行ってみました。

火力発電所ミュージアム、大きな芝生広場にじゃぶじゃぶ池もあるのにすべて無料。

jera museum HEKINANという、碧南火力発電所のゼロエミッションへの挑戦が知れるミュージアムなのか…な…?

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子どもは音声解説ボタン押したり野鳥を探すプロジェクションみたいなのに夢中で、詳しい展示は全然見れませんでした…。でもなんか脱石炭でアンモニアで発電する的なことだけ見れた!ちょっと何を言ってるか分からなさすぎる。

この双眼鏡の形をした何かを映し出された鳥に合わせるとそれが何という鳥なのかが投影されて、こりゃ楽しいわって感じでした。投影された映像の季節が移り変わって、その季節ごとに出会える鳥が変わって結構長い間独占したくなっちゃうやつでした。

ちなみに2025年度いっぱい毎月変わるミッションをこなすとスタンプがもらえる企画をやっておりまして、双子は毎月行くと息巻いております。

あと自分でタッチパネルを操作して先ほどの野鳥をシールをプリントしてお土産にできるのが嬉しそうでした。ひとり1個まで。

 

ミュージアムの2階には土足禁止のキッズスペースがあって、おままごとセット、マグフォーマーや積み木といったおもちゃがあってゆっくり遊べました。規模感や用意されたおもちゃを見るに、未就学児までがベストかな、と。

キッズスペースでの写真は撮ってませんでした…。でもめっちゃきれいで最高。全面人工芝なのでなぜか我が家は子どもの足持って手押し車して遊びました。家でやれ。

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外のじゃぶじゃぶ池でまったりする双子。

遊び始めたのが16:00頃、この施設の閉館が16:30だったので駆け足だったけど規模的にはそんな何時間も遊ぶような大きさではなかったのでいい時間に行ったかも。手押しポンプで水を出すのが面白かったみたいです。

碧南海浜水族館

これは1月の訪問で行きました。あおいパークからかなり近いです。

そしてあおいパークでの買い物や収穫体験のレシートを提示すると割引してくれます。先に水族館に行ってその半券をあおいパークで見せても何か割引があるようです。

水族館のイメージが名古屋港とアクア・トトレゴランドのシーライフしかないんですが、シーライフより小規模かな?という大きさ。逆に言うと未就学児とまわるにはちょうどよいサイズ感でした。何よりも大人500円だからね…?

1月はメインの大きな水槽の前にこたつが設置されてて、こたつに入りながらずっと水槽を見ていられるのが画期的でした。ただ快適すぎるのか誰も立ち上がらなかったので我が家は座れませんでした(笑)

写真がほとんどないので記憶がほとんどないけど、展示してあるイセエビを見て本当に食べたいと思ったことだけ痛烈に覚えてます。


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自分でつくるペーパークラフトの帽子をせがまれて買ったの図。

確かこれはザリガニ?後ろの次男はこのあとクマノミを作りました。その瞬間はニッコニコで帰りの車内でもかぶったままでしたが家に帰ったら一瞬で興味がなくなってしまいました…まぁ子どもなんてそんなもんよね…。

同じ建物内に科学館があり、展示をめくったり引き出しを開けたりとか子どもが楽しい仕掛けが多くておすすめです。テーマに沿った絵本が沢山置いてあったり、木のおもちゃもあって結構長い時間遊べました。

 

これだけあってまだ観覧車を擁する公園にはまだ行ったことないという層の厚さ。しかもここまで紹介したものは全て割と近くに集約されてて車なら行きやすくてめっちゃいいです。名古屋から往復はややかかりますが、ここまで来ちゃえばそれぞれへの移動時間は短いです。

夏休みには各施設で子ども向けイベントがあるみたいなので、次はイベントのある日に行きたいです。

 

余談

これを書くにあたり、下書きから双子が5歳になったよっていう文章が見つかったので5歳のうちに加筆してあげれたらいいなって思ってます。ちなみに今5歳4ヶ月です。

はたらく細胞観てきました(ネタバレ注意)

好き勝手に書くのでネタバレ注意でお願いします!

 

 

 

 

 

面白かった!!

ただ、予告編以外の情報は入れずに見に行きたかったのに、出先でご婦人たちの「はたらく細胞で○○(一応伏せておくね!)にかかる女優さんって名前なんだっけ」「芦田愛菜ちゃんでしょ」という会話を聞いてしまい、えっ、じゃあFukaseくんって…ってなったのだけ残念でした笑

 

芦田愛菜ちゃんと阿部サダヲさんのシーンはほぼ泣きながら見ておりました。

母を喪うも父を支えるしっかり者の高校生、娘の心親父知らずで不摂生を重ねる父。あまりにも完ぺきな配役。言葉として一切出てこなかったけど、母を喪う悲しみを知っているからこそ父の不摂生を心配しているのがありありと伝わって、もうその時点で泣いた。

己が母になってからどうしても、子を置いて先立つシーンは感情移入しまくってしまう。最初から違和感があったマフラーのエピソードもあかんて…。

そして一度倒れた父が心入れ替えて摂生をするようになり、そのおかげで父親の体内のはたらく細胞たちが住みやすくなる描写に、あ、わたしも痩せよ…と思いました。LDLコレステロールの描写が一番グサッときた。

子ども店長先輩との恋愛もめちゃくちゃよかったねぇ。芦田愛菜ちゃんがぐへぐへ笑うのがめちゃリアルだった。

ただ、付き合いたての彼女がああいった病魔に蝕まれて、その上高校の先輩だから自身の受験勉強とかいろいろあるだろうに、あんな風に投げ出さずに彼女の父親と支えるなんてできる??親父の言葉、軽々言ってるけど重くない?これで最悪の結末迎えたら彼氏のトラウマえぐいぞ…それでも別れないんか…?いやここで投げ出すのも人としてアレか…てかこれ彼氏の両親とかお付き合い反対してるだろうな…っていうお節介BBA視点がチラついてしまった。

まぁ主題ははたらく細胞芦田愛菜ちゃんと阿部サダヲさんの体内で起こることを描くのがメインだから、まぁ彼氏の事情とか触れてる場合じゃないもんね。

 

マルモリ見てなかったからそこまで思わなかったけど、あれをリアタイしてた人はこの親子関係たまらんやろなーと思いながら見てました。

同時にあれ?赤血球と白血球って半分、青い。の主役2人じゃね?と見てる途中で気づいたし、全然半分、青い。がチラつかない2人の演技力ぅ!ってなりました。まぁやってることが違いすぎるんだけども。

細胞のターンはめちゃくちゃ勉強になりました。漫画も読みたくなった!

あと印象深かったのは仲里依紗ちゃんのお腹でしたね…美しいお腹だった…里依紗ちゃんが出てくるところはお腹ばっかり見てた…。単独行動する殺し屋があまりにも似合いすぎていた…。

あとはFukaseくんの幼少期?の子がめちゃくちゃ可愛かった…。SnowManのラウールくんを現代技術で小さくした?と思って混乱した。今調べたら岩川晴くんというそうです、推しの子の実写版でアクアもやってるんだって。売れっ子じゃん。

なんで彼の帽子には何も書いてないんだろう…佐藤健くんが小さい時には文字が書かれてたのに…とぼんやり思ってたらアアアッッってなりました。医学の知識があれば帽子がサラだった時点で皆さんその後の展開が読めていたんでしょうか。

抗がん剤とか放射線治療とか、名前は知ってるけどいまいち何をしているのか理解してなかったので、何を目的として行い、それで体内で何が起こるのかわかりやすくてとても学びになりました。

同時に、東海オンエア虫眼鏡さんが母の信仰によって輸血ができなかったにもかかわらず白血病からサバイブした事実の重みよ…と思いました…。

 

調子に乗って一番うしろの席を取ったら、エンドロールの横で流れる映像の文字が全然見えなかったので、視力に不安がある方は前寄りの席を取るのをおすすめします。

 

余談ですが、先日献血行ったのに(ヘモグロビン不足で)できなかったー!とママ友に話したら「そもそもなんで献血なんてしたいの?」と真っすぐな目で問われてわりと衝撃を受けたんですよ。こちらとしてはやらない理由がないというか。うちは父が暇さえあれば成分献血に行ってたし、母は輸血を必要としなくても医療機関にお世話になりっぱなしだし、わたしは採血に抵抗がゼロだし、自分の古い血を抜き取って強制的に新しいものを生成するイメージ?がとても好きってのもあります。

次に献血の話になったら「そりゃはたらく細胞見ちゃったら献血したくなるよー」とでも言ってみようと思います。

 

次は何を見に行こうかな!

映画館まで往復一時間自転車で行ったのでお尻が痛いです。自転車で行ける季節のうちに面白そうな映画があればいいんだけど。

祖母の訃報によせて。

祖母が亡くなったそうだ。父の、母。

今いくつになったかも覚えてない。

最後に会ったのは結婚式の直後だから、9年前。

その結婚式にも呼んでいない。

 

わたしはとても幸せな4人家族だったと自信を持って言えるが、祖父母との関係だけは悪かった。

祖母は自営業の父(曽祖父)のもとで裕福に暮らし、婿養子をとった世間知らずのお嬢さんだった。

世界の中心は常に自分といった人間だった。

父の過去の中の祖母は毒親、猛毒だった。

祖父も父もその弟である叔父も心が死んでるんか?ってくらいスルースキルが高い。実際、祖母にまつわることに関しては本当に心が死んでた気がする。

それは長年の経験から身につけたものだろうが、自営業を継いだ父に嫁いだ母にはそうはいかない。

母は病んだ。

わたしは9つになるまで特に違和感を覚えず育った。

わたしにとってはちょっと感情表現が苛烈ながらも可愛がってくれる祖母だった。

母は実の祖母に悪い感情を持たせないように、わたしと兄に嫁と姑の確執を悟らせないようにしていた。3つ上の兄は気づいていた。

ある日、同居していた自宅に学校から帰宅したら、今日から両親と兄と4人で独居の曾祖母と入れ替わりで別邸に移ると宣言された。寝耳に水だった。

母は当時入退院を繰り返す日々で、従業員も出入りする父の実家では静かに暮らせないからかな、と小3の小さな頭で考えていた。

 

徒歩数分の距離での別居。通学路の途中あったので、下校中そのまま寄っておやつをもらって夕方のアニメの再放送を見て帰ったりしていた。当時は毎月りぼんを買うお金も出してもらっていた。

一緒に住んでいて特に気づかなかったのに、離れて数時間会うとその異常性にじわじわと気づいていった。

自分本位のクレーマー行為、それを思春期の孫が恥ずかしいと思うことも理解できない。

あなたにあげられるお小遣いがこれだけしかない。ごめんね。お小遣いが減っても会いに来てねと泣く。少なくとも言われるまではお小遣いの金額など気に留めたこともなかった。小遣いでしか繋がっていない関係だと思われていたのが心底不快だった。

そのくせ、父の給料はこの額だけど、そのかわり兄とわたしの学費は出す、だから我慢してねと言ったくせに浪費で使い切ってその約束を反故にした。

祖母の性格を理解し、自力で限られた給料から学費を工面した母に「あんな給料でよくそんな貯金できたね?」と言い放ったこと。

母への暴言は枚挙にいとまがない。

中学か高校に上がった頃には母も少しずつされてきたことを話してくれるようになった。

祖母を憎むのに時間はいらなかった。

同居の孫と別居になる、近所に住むのにその孫が全く会いに来ない。

わたしは祖母の未来にあったかもしれない孫に囲まれる幸せなおばあちゃん、を屠ることにした。

 

お小遣いが出ないから顔を出さないひどい孫と思われて結構。毎回めそめそと渡されるほうが滅入るというもの。気を使っていらないというと可愛くない孫と言ってくる。

結局は天然の嫌味も受け入れて、かつ会いに来る本人に都合の良い孫が欲しかっただけなのだ。わたしはなれなかった。

 

高校生あたりからは盆も正月も顔を出さなくなった。

もうあれが何歳の時かも思い出せないが、祖父が亡くなったときは本当にきつかった。

ある日突然倒れた祖父はそのまま入院、末期ガンと診断され一度も家に戻れず亡くなった。

ひとりで見舞いに行くのは嫌だと泣くのでついて行ったら、起き上がれない祖父の体調を心配するでもなく「こんな高い医療費払えないわ、どうすればいいの」と泣いてみせた。半世紀以上共にした夫の緊急事態も自分本位だった。

わたしはドン引きした。祖父もドン引きしてたと思う。

病院は滅入るからと言って、それ以降ほぼ顔を出さなかったと聞いている。

 

10年前、結婚を決めた。

恐れていたのは、祖母が結婚式に来ること。

絶対に嫌だ、と両親に伝えた。父は少し難色を示したあと理解してくれた。本当に、呼ばなかった。

さすがに写真だけ見せてあげたら、どこまでもお人好しの母に言われて、L判のちっちゃい写真を2枚現像して渡した。それを渡しに行ったのが、おそらく最後の姿だ。

その数年後の兄の結婚式にも呼ばれなかった。

そこからは声も聞いていない。わたしが双子を産んだことを知っているかどうかも、わたしは知らない。少なくともわたしは話していない。

父は一応、祖母が住んでいる実家兼自営業の事務所に毎日通っていたが、どんな会話をしていたかわからない。

 

 

先程、訃報を受けて母と少し話した。

ここ数年の父は、かつての母の苦しみを理解できなくて申し訳ない、とこぼすようになったそうだ。

実際、祖母の容態が悪くなったことを先週から隠していたそうだ。

もう、母と祖母を接触させないという決意があったようだ。

わたしは告別式のみの参加に決まった。本当は父は来なくていいと言っていたが、母の意向で告別式だけは、となった。

 

人として無理だ、と思ったことはいくつでもある。

ただ、愛されていた自覚はあった。

なのに、ずっと避け続けてそのまま9年経ったことに、罪悪感がないわけではない。

祖母を大切にしなかった業は、いつか双子が子を成したときに返ってくると思っている。孫に会えない孤独な老人になるのは、心の何処かで覚悟している。

 

それから、彼女の血が入っていることはずっと恐れている。わたしも無自覚に人を不快にしているのではないか、金銭で人を試すようなことをしないか、喫茶店で少し来るのが遅いからと大声で店員を叱責するようになるのではないか。

それを恐れているなら大丈夫だよ、と母は言ってくれる。

 

告別式で、9年ぶりに、そして最後に顔を見る。

いざ死んだからって泣くのはあまりに狡い気がするから、できたら泣きたくない。

3歳双子と二泊三日TDRへの旅!準備編

明後日からディズニーリゾートへ行ってきます。

双子は初めての新幹線、初めての2泊、初めてのディズニー。我々夫婦も夏ディズニーは初めて。不安しかない。しかもさっき東京駅が混雑しすぎて新幹線にたどり着けない的なツイート見たもんだからさぁ…連休最終日に移動なんよ…

 

自分としても5年ぶりの東京ディズニーリゾート、初めての子連れ、不安でいっぱいなのでいろいろ準備したので備忘録として書いておきます。これは持ってってよかった、要らんかったなどの答え合わせ投稿もできたらしたいな。

 

*準備その1 宿と行き方決め

JR東海ツアーズで新幹線と宿泊のプランを予約しました。名古屋在住、車で行くという選択肢もありましたがわたしはペーパードライバー。まあまあの距離を夫一人に託すことになるが、行った先で夫が疲労困憊だと詰みなので新幹線にしました。

楽天スーパーセール時に宿情報を見まくっていたんですが、新幹線移動を考えるとJR東海ツアーズで予約したほうが圧倒的に安かったのです。

ネットで全部完結できるんですが、3歳双子と4人で二人掛けに2時間半は非現実的だったので幼児一人分の新幹線の指定券だけ取ることになり、その手続きはネットではできないとのことだったで名古屋駅JR東海ツアーズ名古屋支店で直接予約を取りました。

JR東海ツアーズへの来店も、ネットで来店予約ができたので店での待ち時間がなくて便利でした。絶対来店予約していったほうがいいよ!

やはり対人はよい…。質問に答えてくれるし、細やかだし、3歳児がいると伝えたら客室に補助便座の手配もしてくれたし、ベッドふたつを壁に寄せてほしいって言ったらその場でホテルに電話してくれました…。

 

*準備その2 プライオリティシーティングでレストラン予約

ディズニーリゾートで遊ぶうえで割と重要なレストラン予約。一ヶ月前の同日あさ10時から予約がスタートする、結構熾烈なイス取りゲームです。ちなみに今まで何回か挑戦して一度も予約が取れたことはありませんでした。(当日あさ9時から当日予約で取れたことはある、ランチで15:00とかそういう時間なら)

一ヶ月前の同日10時は奇しくも推しのために歩いていた日で、ガッツリ復路を歩いてました。朝でかけたときから覚えていたのに歩いてたら忘れてしまい、気づいたら10:20でした。バカモノォ

大慌てで公式サイトから予約ページに進むと、意外と残ってて驚きました。行ったり来たり戻るボタンを押したらさっきまで空席なしだったレストランに空席が出て、なんとか拾うことに成功。今までキャラクターグリーティングがあった時代のホライズンベイレストランしか予約したことがないので、初めて行くレストラン超楽しみ!

ちなみにその翌日ディズニーシーの予約に10時から勇んで参加したものの、なんかどこも高かったので当日早めに席数多いレストランで適当に食べよ〜と楽観視してます。見積もり甘いかな…ドキドキ

 

*準備その3 子どもの暇つぶしを用意する

喋りたがり+落ち着きのない3歳児が連休最終日の新幹線に乗るとかこわすぎる。何十分もアトラクション待ちに耐えられる気がしない。迷惑必至。少しでも和らげようと新しく絵本とシールブック買いました。シールブックはセリアで購入。絵本は気分を作るためにディズニーの本も一冊買いました。ちなみに買ったことも教えておらず、新幹線に乗ったら明かす予定。

 

*準備その4 ホテルに事前に荷物を送る

これを今日やったので記事にしよ!と思ったのでした。

引っ越しで使ってまだ残っていたダンボールに荷物を詰めてクロネコヤマトの往復宅急便で送りました。公式サイトで泊まる日を入力するといつまでに発送すればいいか出てくるので参照してみてください。だいたい中一日なのかな?

ネット情報ですが、事前に送っていいかホテルに確認をとったほうがいいとあったので金曜日に電話しました。ネットには「フロント気付」って書くと良いとかありましたが、対応してくださったホテルの方からは特に宛先に関して何も言われませんでした。

ダンボールの中身を閉じてから記事にすることを思いついたので写真がありませんが、何を詰めたか箇条書きしておきます

  • 着替え(子どものは多め)
  • おむつ
  • スキンケア&フットケア用品
  • ビニール袋、45Lゴミ袋、ジップバッグ
  • カチューシャ等身につけグッズ
  • タオル
  • レジャーシート
  • 保冷バッグ
  • 予備のエコバッグ(IKEAのSサイズ)
  • 復路用暇つぶしグッズ(別のシールブック)

こんなところです。ダンボール閉じてからさらに買い出しに行ったので結局当日の手荷物は少なくないですが、これだけを送れたのはデカイ。

ほんとはハンディファンとか入れたかったけど充電し忘れて断念。てかバッテリーものはこわいから一応やめときました。

 

*その他

さっき買ったから撮影に成功したものたち。
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一応買ってみました。双子のステンレス水筒を持っていくのが躊躇われたため。(重たいのと、デザインがおさるのジョージ…ユニバーサルスタジオ…)でも完全密閉でないとあるので、保冷バッグに入れるのが難しいかな?なので、明日肩かけペットボトルカバーを探す旅に出る予定。てか肩掛けペットボトルカバーがあればこれ別に要らんな?


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メントールの冷たさなので3歳には不向きかなぁ…濡らして振り回す冷感タオルと悩んで買ったけどどうだろうというもの。一応が子どもの利用の際は監督者がしっかり見てねとは書いてあった。

 

あとは小腹満たしのゼリードリンク(ダンボールに詰めたかった…重すぎ)、塩分タブレット、酔い止め(わたし用。スター・ツアーズで酔う人間)、ミニスケッチブック2人分、ノック式の油性ペンを用意。

飲み物は舞浜駅周辺のコンビニで調達したいなぁ…できれば凍ったお茶…。

ちなみに初日の食事は昼まで家で食べて、夕飯はイクスピアリでどうにかするつもり。朝食も成城石井かコンビニ?

 

*終わりに

今日あらかた荷造りをしたせいでもう明日出発するような錯覚もあります。めっちゃ変な感じ!

ちなみに今回のツアープランだと朝イチや遅い時間の人の流れが激しそうな時間帯の便を予約するとはツアー料金にプラス料金がかかってしまうので、初日は昼過ぎから移動して泊まるだけ、2日目と3日目に遊んで夕方には東京駅を出る予定です。

指定の便に乗り遅れてもその後の自由席なら乗っていいらしいよ。初日は連休最終日だし遅れたら多分地獄でしょう。気をつけねば。

 

そんなことより旅行当日の朝にパート入れちまった…二泊三日乗り切れるのかわたし…

旅行レポも上げたいとは思ってるので上がったらぜひ読んでください!

ちょっと早いけど行ってきます!!